心の声に耳を傾けて  うつ病(鬱病)は身近な病です

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ご挨拶

管理人狐子(きこ)です。
平成7年3月に離婚、現在44歳です。
離婚時は長女が6歳、次女が2歳でした。

養育費が貰えていたのは最初の1年だけ。
その後の収入は、自分のパートと児童扶養手当だけでした。
まだ物心もついていない次女は、先天性の病気を持っていて
風邪をひくと高熱・喘息発作に悩まされ、仕事も休みがちな状態でした。

休むたびに会社からは嫌味を言われ、また自分の過去のトラウマで対人恐怖症を抱えながら、育児と仕事を維持するのはとても大変でした。

身近に子育てを助けてくれる人はなく、全てを私の背に背負って
やっと長女が成人した頃に、私はうつ病をこじらせてしまっていました。
自分の中の何かが変だと思いながらも、子育てに必死になる中で刻々とうつ病は進行していたようです。

そんな私の経験談を元に、少しでも皆様のお役に立てたらと思います。
同じような状況を抱えている方はたくさんいるのではないでしょうか。
自分のことは何でも後回しになってしまうけれど、ちょっと息抜きも必要です。

うつ病になった経緯

平成7年3月 協議離婚成立

小学生時代からのイジメ経験で対人恐怖症になりながらも、治療方法が分からず、会社での居心地の悪さ、生きにくさを感じながらどうにか働いてきました。

私の母親は、私が25歳の時に他界、育児の相談相手も手助けしてくれる人もない中で、必死に必死に生きてきました。何がなんでも「子供のため」それしか私にはありませんでした。

ふたりの娘を成人させるまでは、何がなんでも働き続けなくては・・・。

もっと早くに病気であることに気付いていたら、また違った人生が歩めていたのかもしれない。
そんなことも今では考えますが、もう時間は戻ってくれません。

「死にたい」そう考えるようになるまでには、あまり時間がかかりませんでした。
だけど、それがうつ病の発症だとは思いもしませんでした。

離婚して7年後、途絶えた養育費と失業で家賃が払えなくなりやむを得ず実家へ避難。
でもそこには、大きなストレスの父親がはびこっていました。
子供の頃から父親は苦手でした。
離婚後も実家には世話になるまいと、覚悟しての離婚だったはずなのに、実家に戻ると決心したのには、やはり子供の安全な住環境を整えるためでした。

東京都江戸川区から、千葉県船橋市へ居住を移し、東京と千葉の福祉の違いにまず驚き、そして厳しい父親の監視の中での生活はそれまで以上のストレスを覆い被せてきました。

職はなく、収入も滞って1年半、私は寝たきりの状態になりました。
父親の気配、子供の世話、家事・・・。仕事を始めたいけれど、千葉県には私の通えるような場所に仕事はなく、都内まで出るには時間がかかりすぎ、八方塞がりで塞ぎこむ毎日でした。

その頃に医者にかかっていたら、きっと即入院だったでしょう。

雨戸もあけず、時間も見れなくなり、真っ暗な部屋の中でひたすら布団をかぶって寝こむ日々に家族は冷たい言葉を浴びせてきました。

「死にたい」本気でそう思ったのです。私が死んだら子供を元夫に引きとってもらおうか、施設に入れようか、本気で毎日考えていました。

それでもどうにか気力で浮上。単発アルバイトなどをしながらなんとか社会復帰し、独学でPCを勉強しながらやっと40を過ぎて年収200万を超える収入が得られるようになったと思ったら・・・。

順調だった職場で、社長のパワハラが始まりました。
社長が出勤してくると、動悸や吐き気が止まらなくなり、腹痛と下痢が続きました。
体調不良で会社を休みがちになり、ネットで調べたら「パニック発作」と「過敏性腸症候群」というストレスから来る体の不調でした。

そこで初めて、心療内科のドアをくぐりました。
診断は「社会不安障害」で、抗不安薬を幾つか飲みました。

睡眠障害も並行して起こり、入眠できない、また夜中に何度も目がさめてしまうなどの症状と悪夢がひどかったです。
いつも何かに追われているような恐怖感と不安感、倦怠感、脱力、体力の低下などが一気に襲ってきました。

 

何件か精神科を回り、現在通っているクリニックでは重度のうつ病と診断され、就業もドクターストップ。カウンセリングと投薬を続けて約2年近くなりました。
今年(平成22年)5月には3週間ほどの入院も経験しました。

現在は実家を離れ、次女とふたりで暮らしはじめました。父親と離れたことにより、どうにか気分も落ち着きかけています。

次女は今高校2年生。
あと少し頑張れば・・・。ともう自分を追い込むのはやめました。
出来ないことは出来ない。
出来ることだけして、療養に努めています。

リスカやOD(オーバードーズ=薬を多量に飲む行為)などをしていたこともあります。
でも、もう少し自分を可愛がってもいいんだと、カウンセリングで気付かされたことがたくさんあり、現在はのんびりと毎日過ごせるようになりました。

記:平成22年10月31日

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